店に入るとタカシが入口に立って待っていた。
「オッス、恭一、皆来てるから、、、」そう言いながら、
リナを見たタカシの動きが一瞬止まって俺を見た。
初めましてと挨拶をする彼女を前に、真っ赤な顔で「あぁ、えっと…、」と
モゴモゴ言っているタカシの目の前に、俺はわざと顔を近づけ
「なんだよ、早く案内しろよ。」と小声で言った。
「う、うん、あっちだよ。」
カウンター席の近くにいくつかテーブル席があり、その奥が広い
お座敷になっていて、大勢の酔っ払い客がワイワイやっていた。
長方形のテーブルを囲んで彼らは待っていた。
俺とリナが席に着くと、その場は異様な空気になった。
そんなことは想定内だった。
向かい側に座った康太がじっと俺を見ているのが分かった。
「恭一、彼女さん紹介してくれよ。」
リナの斜め横に座っていた雅也が口火を切った。
「彼女、リナさん。」
それだけ言った俺の横で、リナが丁寧に挨拶をした。
「あの、今日はお誘い頂き有難う御座います。杉下リナと言います、
よろしくお願いします。」
「ヒュ~。」
慎吾が安っぽい冷やかしの声を上げた。
「可愛い名前だね…。」
雅也は頬杖を付き、リナの顔を覗き込むようにして微笑んだ。
俺はさりげなくリナの肩を自分の方に寄せた。
「リナちゃんは何歳なの?」
康太の隣でニヤニヤしていた慎吾が聞いた。
(こいつ、リナを気安く呼びやがって…。)
俺は彼女の肩に手を回したまま、慎吾を睨みつけた。
「25だよ。」
俺はぶっきらぼうに答えた。
「リナちゃんに聞いたんだけどな~、ま、いっか。」
慎吾がからかう様に俺を見た。
「とにかく飲み物もきたし、乾杯しようぜ!」
タカシが慌てて乾杯の音頭をとった。
酒を飲んで、彼らの近況を聞きながら、なんとかこの場を
やり過ごそう…。
大学を卒業して5年が経った。
慎吾とタカシはそれぞれ飲食店などでバイト、康太はずっと働かず
フラフラしていたが、意外にも産婦人科医の父親のコネで、病院の
事務職に就いているという。
雅也は今も歌舞伎町でホストをしていた。
言うまでもないが、卒業後の俺達に待っていた現実は厳しかった。
「リナ、そろそろ行こうか。」
そう言って二人で立ち上がろうとした時、後ろの酔っ払いがよろけて
リナにぶつかった。
その拍子にテーブルが大きく傾き、リナのジーンズに醤油が飛び散った。
俺はとっさにリナの身体を支え、化粧室で拭いておいでと促した。
「でも、お皿が…。」
見ると皿がひっくり返り醤油がテーブルの下まで垂れている。
「いいよ、ここは僕がやっておくから、染みにならないうちに早く
拭いておいで。」
「ぼ、僕… って言ったぞ⁈」
慎吾が驚いた声を出した。
リナがチラリと俺を見たが、すぐに背中を向けて化粧室に走って行った。
俺はリナの後姿を確認した後、慎吾の胸ぐらを思い切り掴んだ。
「イチイチうるせぇんだよ、殺すぞ!」
「きゃあ~怖いッ。」
慎吾がふざけた声で茶化した。
俺は馬鹿らしくなって、慎吾の胸ぐらを突き放した。
「まぁ、落ち着けよ、恭一。」
二人の間にいた雅也が俺の肩に手を掛けてなだめた。
俺は雅也の顔を見ずにその手を振り払った。
「なんだよ、恭一…、俺達仲間だろ?」
「どの口が言ってんだよ。」
俺は吐き捨てるように言った。
リナが戻る前に出ようと、彼女の荷物を持ち、
1万円札を数枚置いて席を立った。