時空の旅に出る⑧

長編
長編

結婚式が終わり、両家で食事をした後、家族はそれぞれ帰っていった。
教会で永遠の愛を誓った私達は、そのまま軽井沢を満喫した。


メイン通りから奥に入ると、あちらこちらに別荘が見える。

少しひんやりとした夏の夕暮れを感じながら、森林の空気を思い切り
吸い込んだ。

クラシカルで高級感溢れるそのホテルは、新婚夫婦の私達を温かく
迎えてくれた。

夜はホテル内のレストランでフランス料理を堪能した。

「部屋に戻る前に、少しバーで飲もうか。」

「そうね、私も飲みたいわ。」

バーに入って、私達はカウンター席に座った。

「美香が飲みたいなんて言ったの初めて聞いたよ。」

「ふふ…私だって飲みたいって思う日くらいあるわよ、
それに今日は特別な日だもの…。」

私はアマレットジンジャーを、武史はスコッチウィスキーを
ロックで注文した。

「二人の幸せに乾杯。」

私達は、お互いのグラスをそっと合わせた。



私は、今日教会で会った、母の事を思い出していた。

誰からの祝福よりも、母が私に向ける笑顔、それだけで満足だった。

武史との結婚を決めた日の夜、「武史さんの良い妻になるように
努めなさい。」と、電話で母は言った。


1度目の結婚に失敗した時、母はきっと私に失望したのだと思う。


子供の頃から、優秀で活発な兄と違って、内気で目立たなかった私は、
一人で漫画本を読んでは空想に耽っている子供だった。

友達は由美子しかいなかったので、彼女と遊びに行く以外はいつも、
居間の隅でごろごろしていたのだ。

ある日、母はそんな私を見かねて、料理や裁縫を教え始めた。

私は何より、母と一緒に居られることが嬉しかったし、上手く出来ると
母が満面の笑みで褒めてくれるので、楽しくて仕方なかった。

今日も、母があの頃の様に、私を褒めてくれたような気がした。

もう二度と失敗するわけにはいかない…。



「美香…今、何考えてる?」

不意に武史の声がして我に返った。

「え、なにって、とっても幸せだな~って。」

私がそう答えると、彼はクスッと笑って「俺と同じだね」と言った。


「明日、1階のカフェでアップルパイ食べてから帰ろう。」

「アップルパイって…、私が好きだって事、知ってた?」

「勿論だよ。此処のアップルパイを美香に食べさせたかったんだ。」

「嬉しい!楽しみだわ。」

武史はこんな風に、いつも私を楽しませてくれたりもして、言わば
天性の人垂らしであった。

次男坊の彼は、きっと自由にのびのびと育てられたのだろう。

彼の家は代々医者の家系で、父親は都内で診療所を経営している。
いずれ後を継ぐ彼のお兄さんは、大学病院で勤務医をしている。

本来なら挙式も、結婚式場で披露宴という形をとるべきかと思ったが、
彼の両親の反応は、全く予想外のものだった。

お義母さんは「ひっそりと教会で挙げるなんて素敵。賛成よ。」と喜んで
くれたし、お義父さんも、最近は年のせいか、賑やかな場所に顔を出すのも
億劫だから、その方が有り難いとまで言ってくれた。



2杯目のカクテルが私をほろ酔い気分にさせた。

「美香、そろそろ部屋に戻ろう。」

腕時計を見ると、もうとっくに10時を過ぎていた。
エレベーターに乗り込み、部屋に向かった。

武史が用意した部屋は、最上級のスイートルームだった。

「最高に贅沢な時間を美香と過ごしたいから…。」

照れくさそうに彼が言った。


ラベンダーの香りのお湯に身体を沈め、バスタブに背中を預けて目を閉じた。


極上の幸福感を一人でゆっくりと味わいながら…。