私は砂場の縁に腰を下ろし、一人で遊んでいる尚人を見ていた。
「ミカも作ろう、おやま。」
尚人がプラスチック製の小さなスコップを私に渡した。
「尚くんはスコップなくていいの?」
「いいよ、僕は男だから手で作れるんだ。」
「へ~、かっこいいわね。」
「女の子には優しくしなさいって、ママが言ったんだ。」
そうか、さっき由美子に叱られた事を尚人なりに反省しているのだ。
それにしても、さっきから漂うこの息苦しい空気感は何だろう…。
砂場を挟んだ正面にいる母親3人組が、さっきから物珍しそうに
こちらを伺っている。
私の背後にも何人かの母親たちがいて、声を潜めているのが分かる。
スコップで砂を掘りながら、さりげなく自分の身なりを確認した。
私の服装が、この公園には相応しくないのかと不安になったからだ。
ニットの上に、ユニクロのダウンジャケットを羽織り、
SOMETHINGのジーンズにニューバランスのスニーカー。
普段もっぱらコンサバ系の私が、尚人と遊ぶ為に揃えた服だ。
少なくとも、この場にいる母親達とはさほど変わらない。
こんな好奇の眼に晒されるような理由などないはずだ。
私は雑念を振り払い、目の前の砂遊びに全神経を集中した。
「あ、なおくんだ。」 「あそぼ~。」
「なおく~ん、あちょぼー!」
尚人を見つけた男の子や女の子がこちらに駆け寄って来た。
子供達は、尚人がトンネル工事に取り掛かろうとしている砂山を見て、
「おやま、おやま」と嬉しそうに集まって来た。
子供の一人が私に向かって「だれ~?」と聞いたので、「私は、、、」
と言いかけたその時、
「そっちはだめよ。」
と母親達が我が子らに駆け寄り、慌ただしく砂場から離そうとした。
「どうしてダメなの? なおとくんと遊びたい。」
「私も、なおくんとお砂であそぶ!」
ちびっ子たちが口々に反論し、砂場は一時騒然となった。
「咲ちゃん、ママ言ったでしょ、こっちに来なさい。」
「康太、ドーナッツ食べなくていいのね?」
母親も負けてはいない。
それにしても、なぜこんなにムキになって我が子を
連れ戻そうとするのだろうか。
すると女の子の手を引いた一人の母親が、その場に向かって言い放った。
「皆さんもウチの胡桃ちゃんみたいに痛い痛いってなってもいいの?」
その声に驚いて振り返った母親達が、急いで我が子らを引き戻し、
あっという間に砂場からいなくなった。
私はこのただならぬ光景に唖然とした。
そして、女が放った言葉の意味を暫く考えていた。
女はまだその場にいて、黙って私達を見ている。
尚人が何かを言いたげにモジモジしながら私を見ている。
私は立ち上がって、尚人に「行こう。」と手を差し出した。
尚人が急いで砂場セットを袋に入れ、私の手を握った。
「失礼ですけど、滝沢さん家のシッターさんですか?」
私はその質問には答えず、「失礼します。」と会釈をしその場から離れた。
尚人の小さくて柔らかい手が、私の手の中で一瞬、強張った気がした。