時空の旅に出る㉑

長編
長編

小春日和の穏やかな日曜日、なんと公園の砂場でうたた寝をしてしまった。

気が付くと左足が砂に埋もれていた。

「ちょっと、美香〜?こんな騒がしい場所でよく寝れるわね~」

見上げると由美子が呆れ顔で立っていた。

「あ~、寝ちゃった〜。ごめんごめん。」

急いで起き上がると、大量の砂が左足から崩れ落ちていった。


「あーぁ、だめだよー おやま こわしたなー!」

見ると、3歳児が怒って、私のジーンズを叩いたり引っ張ったりしている。

「尚くん、許してあげて、ほらほら、叩かないの!」

そんな由美子の声は、公園内の元気な子供達の声にかき消された。


私の足に絡みついている3歳児は、やんちゃ坊主の尚人だ。
赤ん坊の隼人は、スヤスヤとベビーカーの中で眠っている。

スニーカーを逆さにすると、砂時計のようにサラサラと砂が落ちていった。
私は暴れる尚人の手を引いて、由美子と公園を後にした。


由美子の家についた途端、尚人は嘘のように寝てしまった。

私が浴室で足を洗っている間に、由美子がハーブティーを淹れてくれた。

「美香の好きなカモミールよ。少し、お疲れモードなんじゃない?」

「ありがとう、大丈夫よ。」

ソファーに座るなりティーカップに口をつけた。

「あ~、美味しい…。」

私は由美子の淹れたハーブティーをしみじみと味わった。

「お疲れ様、日高家のお嫁さんは大変だったみたいね。」

「はぁ~、そうね、でもやっと落ち着いたわ。」

「お姑さんに相当気に入られたみたいね、」
由美子はそう言ってクスッと笑った。


「とっても有難いんだけど、大変だったわ~。」
私は欠伸をしながら、大きく伸びをした。


由美子が2杯目のハーブティーを淹れてくれた。

「私ね、隼人を出産して、美香が病院まで来てくれた時は
凄く嬉しかったの…ありがとうね。」


「ど、どうしたのよ、急に…。」


「なんかね、美香の顔を見た時、安心したのよ…。」

由美子の瞳が微かに潤んだように見えた。

「それならよかったわ…、でもその後は全然来れなくてごめんね。」

「いいのよ、私もちょうど出産後、2ヶ月位実家に行ってたから…。」

「あら、今回は結構ゆっくりしてきたのね。確か尚くんの時は、
2週間くらいで帰って来たわよね?」

「うん、まぁね、こんな時じゃないとゆっくりできないから…。」


由美子が「美味しいお菓子があるの」と言って、台所へ取りに行った。

二人で焼き菓子を食べながら寛いでいると、ベビーベッドから
赤ん坊の泣き声が聞こえた。

「寛ぎタイムも一旦おあずけね」と笑って由美子は立ち上がった。

泣きわめく赤ん坊のおむつを、神業のような手さばきで交換した由美子は、
ちょっとごめんと言って、まくりあげた胸元に赤ん坊の唇を押しあてた。

赤ん坊の泣き声で目を覚ました尚人が、起き上がって「ママーッ!ママーッ!」
と叫びだした。

「美香、これお願い」と、由美子から渡された哺乳瓶を持っていくと、
私の顔を不満そうに見上げ、ひったくるように受け取った尚人は、

ごろんと仰向けになり、ゴクゴク(正確にはチューチュー)と飲みだした。

哺乳瓶の中身はりんごジュースなのか、微かに甘い香りがした。

「なぜか寝起きだけは哺乳瓶なのよ、来年幼稚園なのにね…。」と
独り言のように由美子が言った。



私の隣で、入園前の尚人が美味しそうにりんごジュースを飲んでいる。
由美子が背中を丸めて赤ん坊におっぱいをあげている。

なんて穏やかで神聖な空間なのだろう。

「由美子はほんとに凄いなぁ~、子供2人も育ててるんだもん。」

「あらたまって何よ、そんな凄くないわよ。」

「由美子、子供産んでよかったと思う?」

「あたりまえでしょう、この子達の為だけに生きてるのよ、私。」

「あ、それ旦那さんが聞いたらちょっとヤキモチ焼くんじゃない?」

「ふふふ、いいのよ、彼は最近、色々忙しいみたいだから…。」

「いいのよね~」と赤ん坊に向かってほほ笑む由美子が、
なんだか少し寂しげに見えた。