シンガポールから戻ってきた武史は、私の顔を見るなり抱きついた。
「ただいま、会いたかった…。」
武史はそうして私を抱きしめた後、私の顔をまじまじと見つめた。
「髪、切ったんだね。」
「えぇ、結婚したら切るって決めてたから。」
背中まで伸びていた髪をトオル君がミディアムボブにしてくれた。
動く度に、首元で揺れる緩めのカールが心地よかった。
「すごく可愛いよ。」
「ふふ、ありがとう…、すぐコーヒー淹れるわね。」
そう言って私は急いでキッチンに向かった。
マグカップにコーヒーを淹れて振り返ると、すぐ後ろに
武史が立っていた。
「この前の美容師さんに切ってもらったの?」
そう言って、武史が私の髪に触れた。
「え? あ、そうよ、トオル君ね、、、」
「彼、芸能人なんかもカットしてるらしいね。」
武史の長い指に、私の髪が巻き付いては解けてを繰り返す。
「あら、知ってたのね、実はトオル君とは…」
「あんな忙しい美容師が、軽井沢まで来てくれるなんて凄いね。」
武史は私の頬に指を滑らせながら、静かに言った。
「そうなんだけど、彼は…。」
「よっぽど彼にとって、美香は大切な友達なんだね。」
私は、トオル君に言われた通りに説明しようとしたけれど、
武史は私の言葉など聞いていない様子で、淡々と話し続けた。
私は説明することを諦めて、黙ったまま武史を見つめた。
「あ、ごめん…、違うんだ…、知ってたら俺からもきちんと
ご挨拶できたのに、と思ったんだよ。」
そう言って、武史は俯いた。
「そうよね、私も最初に話すべきだったわ、ごめんなさい。」
………。
少しだけ沈黙になった後、武史は急に悪戯っぽい笑顔になって
私を抱き上げた。
「仕方ないなぁ、許してあげるよ。」
結局、説明ができなかったけど、話す努力はしたんだもの、
いいわよね…。
私は彼の腕の中で、そんな事をただぼんやりと考えていた。
武史は私を抱き上げたまま、静かに寝室のドアを開けた。