時空の旅に出る⑯

長編
長編

トオル君の家は大学から歩いて10分程の場所にあった。

ルームシェアにしては、少し狭いような気もしたが、
立地条件で考えると、仕方ないのかもしれないと思った。

それでも部屋の中は相変わらず整理されていて、お洒落なインテリア雑貨や、
所々に観葉植物やドライフラワーが飾ってあった。


「美香ちゃん、適当に座ってて、もうすぐできるから。」

小さなキッチンで、腰にエプロンを巻きつけたトオル君が、
爽やかな笑顔を向けて言った。

奥にもう一つ部屋が見えた。

「同居人はお留守なの?」

「うん、彼はこの近くで飲食店をやってて、帰りはおそいんだ。」


トオル君が、パスタを盛り付けたお皿を運んで来た。

「カルボナーラ、美香ちゃんも好きだよね、」

「美味しそう! お料理も出来るようになったのね、凄いわ。」

「まあ、ね、…さぁ、召し上がれ。」

照れくさそうに彼は言った。


トオル君が作ったカルボナーラは本当に美味しかった。

「同居人に教えて貰ったんだ。」

「本当に美味しい! 私も教えて貰いたいわ。」

私たちはそれから、互いの積もる話で盛り上がった。

時計を見るともうすぐ7時になろうとしていた。

「美香ちゃん、遅くなっちゃったね、駅まで送るよ。」

「え?子供じゃあるまいし、まだ大丈夫よ。」

「でも…。」


その時、突然玄関のドアが開いて大柄の男が入ってきた。

「あれ?りょう君、お帰りなさい、今日は早いね!」

トオル君の顔がいっきに明るくなった。

「今日は早く帰るって言ったでしょ?トオルはすぐ忘れちゃうんだから。」

そう言って男はチラリと私を見た。

「あら、可愛らしいお客さんね。トオルの友達?」

「そう、美香ちゃんは僕の大切な友達だからよろしくね。」


タイセツナトモダチ…。


男は困惑している私の隣に、おもむろに座った。

「それで、トオルからワタシのこと、なんて聞いてるの?」

彫りの深い顔立ちで口ひげを生やしたその男からは、
スパイシーな香水の香りがした。

「ルームシェアしているただの同居人。」

私は男の目をじっと見つめてそう答えた。

「なにそれ、ウケるわね」

口ひげの男はゲラゲラ笑いだした。



「美香ちゃん実はね、りょう君と僕は付き合ってるんだよ。」

トオル君が男の為に缶ビールを持って来て、お疲れ様と言って渡した。

私は、想定外の事態に戸惑いながら、ただトオル君を見ているしかなかった。

「美香ちゃん?」

トオル君が心配そうに声をかけた。

「嘘よ、そんなの…信じないわ。」


私はトオル君をずっと好きだったし…、それに私達はあんなに
仲良く付き合っていたではないか…。

それなのに何故、私はこの髭面の男を恋人だと紹介されなくてはならないのだ…。


「嘘じゃないよ、僕は今、すごく幸せなんだ。」

私は頭が混乱して、何をどう言えばよいのか分からなかった。


「じゃ、じゃあ、ここで証明して、私の目の前で証明してよ。」

「え…?な、なに言ってんのこの子、馬鹿じゃないの?」

「りょう君、美香ちゃんに見せてあげて…。」

そう言ってトオル君が男の首に手をまわした。


「ちょっと、噓でしょ? あんた達、どうなってんのよまったく…」

そう言いながら男はトオル君に優しくキスをした。

トオル君はうっとりとした表情で男に体を預け、私の前では
見せたことのない姿をこれでもかという程見せつけた。

私は、その美しくて艶めかしいトオル君の姿を暫くじっと見つめていた。

そのうち二人は私の目の前で服を脱ぎ、互いの肉体を激しく絡め始め、
仰け反ったトオル君が、不意に妖艶な眼差しを私に向けた。


その時の彼の妖艶な眼差しを、私はきっと忘れないだろう…。


もうトオル君が誰を好きになろうが構わなかった。

私はただ、彼のこの美しい表情がずっと見たかったのだ…。


「はい、もうここまでよ。」

男の言葉でふと我に返った。

トオル君はまだうっとりとした顔で男の肩に頬を寄せている。

「あんた変わってるわね。」
私の顔をじっと見ていた男が言った。


「美香ちゃん、信じてくれた?」

トオル君はシャツを羽織ると、何事もなかったかの様に言った。

「えぇ、…もぉ、信じたわよ。」

私は少し投げやりな口調でそう答えた。

「それじゃあ、私そろそろ行くわね。」

駅まで送ると言ったトオル君を制して、一人玄関に向かう私に
「またおいで、今度はもっと見せてあげるから…」と、
口ひげ男が声をかけた。


私は何も言わずに外に出た。