私は、母が美容室に行く時は、出来るだけ一緒に行った。
「あら、まだ切らなくてもいいんじゃない?」という母に、
学校の規則で仕方ないの、などと言ってごまかした。
そうして中学校の2年間は、トオル君に会う為だけに美容室に通った。
3年生になると、私は進学校を受験する為、1年間トオル君への想いを封印した。
髪の毛は後ろにゴムで一つにまとめ、前髪は母に切ってもらった。
そして春、志望校に合格したその足で私は美容室に行った。
トオル君に長く伸びた髪を洗って欲しかったのだ。
でももう彼はその店にはいなかった。
「新しく出来た駅前の美容室で働いてるって、カットも上手だって
けっこう評判みたいよ。」
美容室から帰ってくると母が教えてくれた。
良かった…駅前なら自転車ですぐに行ける。
でも、今日は思った以上に髪を切られてしまった。
仕方ない、夏休みを過ぎる頃には肩まで伸びるだろう…。
トオル君に切ってもらう為に髪を伸ばすのだ。
高校生になった私は眼鏡をやめてコンタクトにした。
そして中学校の3年間で162cmまで身長が伸び、全体的にほっそりとした
体形に変化していた。
何よりも嬉しかったのは、鏡に映る自分の顔が、
どことなく母に似てきた事だった。
高校に入学してすぐ、隣のクラスの男子から告白され、付き合うことになったが、
お互い話しが合わず、数週間で自然に別れた。
その後も休み時間や放課後に、男子生徒から話しかけられる事が多くなった。
これまでの学校生活で、男子とまともに話した事すらなかった私は、
自分を取り巻く環境の変化に戸惑った。
そしてその夏、バスケ部の3年生から好きだと言われ、付き合うことになった。
何度かデートを経験し、夏休みに彼の部屋で初体験を済ませた。
彼とのデートは、特に胸がときめく事はなかったし、初体験はただ痛いだけで
あっという間に終わった。
2学期が始まると彼は、「今は将来の事を真剣に考えたいから別れて欲しい」
と真面目腐った顔で言った。
私はなんの感情も湧かなかったけれど、
「分かりました。」と悲しい顔をして答えた。
教室に入ると、今まで話したこともない女子生徒が集まって来た。
「瀬野さん、田島先輩と付き合ってるってホント?」
「カッコいいけど、遊び人だって聞いたからちょっと心配してたのよ。」
彼女達は心配そうに、私の表情を伺っている。
「ありがとう、でも平気よ、もう別れたから。」
私はそう正直に答えた。
「え、マジで…? なんかごめんね。」
「やだ、やっぱり遊び人だったのね、最悪~。」
「てことは、やっぱりC組の田中さんが本命ってこと…?」
「シ~ッ!」
「瀬野さんの方が全然キレイだし!だから元気出してね。」
「あ、ありがとう。」
私は女子達の興奮冷めやらぬ空気から離れ、一人窓の外を眺めた。
あぁ、明日はやっとトオル君に髪を切ってもらえる…。
私は、息苦しい程胸がときめいて、授業どころではなかった。