トオル君と初めて会ったのは随分前で、小学校を卒業して
間もない頃だった。
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「美香も中学生になるんだから、そろそろいいわよね。」
母がそう言って連れて行ったのは、行きつけの美容室だった。
それまで父と同じ床屋で散髪をしていた私にとって、
美容室は足が竦むほど華やかな場所にみえた。
待合所のテーブルには、ヘアカタログやファッション雑誌が
綺麗に並んでいた。
床屋に置いてあったような、男性向けの雑誌は1冊も見当たらない。
そこにあるすべてのものが洗練されていた。
「この春中学生になるものだから、少し女の子らしい髪型に
してもらおうと思って。」
母は、厚底眼鏡でおかっぱ頭の娘をどうにかして欲しいといった面持ちで
私を女性スタッフに差し出した。
母から託された女性スタッフが、任せて頂戴と言って私に微笑んだ。
「シャンプー、お願いしまーす。」
彼女の声で、奥から走って来たのがトオル君だった。
彼はその時、たったの15歳だった。
「こちらへどうぞ…。」
スラリとした高身長の彼は、まさに絵に描いた様な美少年だった。
「眼鏡、預かります。」
シャンプー台の椅子によじ登るように座った私から、そっと眼鏡を外してくれた。
眼鏡を外されて視界がぼやけたところに「失礼します」と彼が布を掛けた。
目隠しをされ、頭上でザーッとシャワーの音がした。
トオル君の細くてしっかりとした指が、私の首筋から髪をすくう。
「お湯加減は大丈夫ですか?」とか「痒いところはないですか?」とか、
彼の少し高音で優しい声がすぐ顔の近くから聞こえる。
生まれて初めて胸がドキドキした。
シャンプーが終わって身体を起こし、眼鏡を掛けた。
急いでトオル君を見ると、「お疲れさまでした。」
と言って、彼はニコッと笑った。
私は女性スタッフに呼ばれるまで、彼をずっと見ていた。
トオル君が少し困った様な顔をして、「呼んでるよ。」と、小声で言った。
その日から私は、トオル君を思う度に胸が痛くて苦しくなった。
その日、私はトオル君に初めて恋をした…。