面影…⑫

中編
中編

バスルームでひとしきり戯れた後、俺達は近所のハンバーガーショップに
出掛けた。

店内は相変わらず混んでいたので、迷わずテイクアウトする事にした。

俺はレジを済ませ、紙袋を持って振り返ると、出口で待っていたリナが
男と楽し気に話している。

「リナ…。」

ハンバーガーが入った紙袋をひょいと持ち上げて見せると、
リナは駆け寄って来て、俺の腕に飛びついた。

「私の彼氏で~す。」
「え、マジで?おまえ、彼氏いたのかよ…。」
「失礼ね、そんなに驚かなくてもいいでしょ。」

男は俺をチラリと見ると、ちょこんと頭を下げた。

「友達のタカヤ、高校の同級生なの。」

リナは俺の手から紙袋を取り上げると、袋の中に顔を近づけて
「あーいい匂い、早く食べたいっ!」とはしゃいだ。

「相変わらず食いしん坊だな。」

タカヤはそう言ってニヤッと笑った。


「コイツとは、長い付き合いなんですよ。」

彼は笑いもせず、俺の顔をじっと見つめて言った。
この男がリナに好意を抱いている事はすぐに分かった。

「そうですか、学生時代からの友達っていいものですよね。
 今後もリナの良い友達でいてあげて下さい。」

どんなに付き合いが長かろうが、所詮お前はリナの友達だろうが…。
俺はことさら『友達』を強調した言葉を彼に返した。

彼はきまり悪そうに、少し顔を赤らめて目を逸らした。

「では、彼女が腹ペコなんで、失礼します。」

年上の余裕を見せてそう言った後、さりげなくリナの腰に手を添えて
店を出た。

「あ、私のポテトはSサイズでよかったのに…また太っちゃうよ~」

部屋に着くと、リナは美味しそうにハンバーガーを食べ始めた。

「さっき、長い付き合いだって聞いたけど、今も良く会ったりするの?」
俺は明るい口調でさりげなく聞いた。

「うん、って言っても最近は皆忙しいから、年に2回会えればいい方かな…。」

「え、皆って?」

「同級生達よ、タカヤと二人で会ってもしょうがないでしょ?」

「あぁ、そうだよね、じゃあ、女の子もいるんだね。」

「当たり前でしょ、親友の香奈とか美織もいるし、毎年5、6人でキャンプ
行ったり誰かの家で集まって飲んだりしてるのよ。」

「へ〜、知らなかったよ。去年もキャンプ行ったの?」

「それがね、去年は天候が悪くて中止になったの、だから、今年は
行けるといいんだけど…。」

「楽しそうだな、結構その中でカップルになっちゃう事とかあるだろ?」

「えぇ、あったわよ、美織はそれで今も続いてるもの。」

「そうなんだ…、リナは、今まで同級生を好きになったりしなかったの?」


そんな風に、根掘り葉掘り聞いてる自分が相当キモかったが、
聞かずにはいられなかった。

「うん、いなかったわ…、皆友達としか思えないもん。」

「そっか。」

そうだよな、さすが俺のリナ!最高の女だよ!俺の心は歓喜に沸いた。


「安心した…?」

リナが不意に俺の顔を覗き込んで、悪戯っぽく微笑んだ。

「べ、別に、何も心配なんかしてなかったし…」
俺は慌ててそっけなく言った。

「ほんとに?」

リナがまた悪戯っ子の顔で攻めてきた。

「本当だよ、それに、何があろうと今は俺だけのリナだから。」

「嬉しい。じゃあ、キスして…。」
リナが俺の肩に顔を寄せて、目を閉じた。

「リナさん、そんな事言っちゃダメですよ、食事中ですからね。」

今キスをしたら、あまりにもダサすぎるだろう…。
キスと同時に押し倒したい気持ちを、俺は必死で堪えた。

「ふ〜ん、意地悪ね…。嫌いよ。」

リナのほっぺがあっという間に膨れたかと思うと、
プイッとそっぽを向いた。

俺がフライドポテトの先っぽで、膨れたほっぺをツンツンしていると、
やっと機嫌が直った彼女が「くすぐったいわ」と、小さなエクボを見せた。

***

それから数日後、俺は仕事から帰ると、スウェットに着替え外に出た。

土曜日にリナが泊まりに来た時、忘れていった髪留めを、夜のランニングがてら
届けに行く事にしたのだ。

リナは代官山にあるアパートで一人暮らしをしている。
走って15分程で行ける距離だ。

近くまで行って、俺は不意に足を止めた。

彼女のアパートのエントランス近くに人影が見える。
その人影が、リナとタカヤだという事はすぐに分かった。

距離があったのと薄暗さで、リナの表情は見えなかったが、どうやら
タカヤの方は酔っているらしく、足元がふらついている。

俺は胸をざわつかせながらも、暫く遠くから様子を伺っていた。

タカヤが一方的に何かをリナに訴えていたが、突然彼はリナに抱き付き
大声でわめき出した。

明らかに嫌がっているリナを見て、俺が走り出そうとした瞬間、
2人組の男が走って来て、タカヤを引き離そうとバタバタし始めた。

男たちに促されて、リナはそのままアパートの中へ入っていった。

タカヤは、暫く男たちに抑えられながらもバタバタして騒いでいたが、
最終的に引きずられるように連れて行かれ、その場は静かになった。

俺は急いでリナに電話したが、出なかった。

仕方なく『この前忘れていった髪留め、届けようか?』とLINEした。

すると、『ごめんね、今日は残業で疲れちゃって、もう休みたいから
後でいいわ…。』と返信がきた。


本当は今すぐ会いたかったが、その日はいったん帰ることにした。


その日を境に、リナからの連絡は途絶えてしまった…。