先月の町内清掃で、私は近所の人達と草むしりをした。
皆、おしゃべりをしながらチャッチャと起用に雑草を抜いていく。
私はその時初めて、自分が下手なのだと気付いた。
どんなに丁寧に引っ張っても途中でブチッとキレてしまう。
カマを使うと何故か、辺り一面に土が飛び散り、悲惨な状態になった。
一緒にいた近所のママ友が丁寧に教えてくれた。
私は食い入るように見ながら言われた通りにやってみるも、まったく
上手くいかない。
「意外にこういうの苦手なのね」
と彼女は嫌味なく言って笑った。
しかし、私にとっては笑い事では済まなかった。
高が雑草を抜くのに、悪戦苦闘している自分が
情けなくてたまらなかったのだ。
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とにかく、今はこの花壇に広がる雑草を何とかしなくては…。
今度こそ…、と私は草の根元を握り締め、上に引っ張るがやはり途中で
ブチッと切れて、草の潰れた先端だけが手の中に残った。
時々、まぐれでスルッと抜けることもあったが、コツがつかめない。
時間ばかりが過ぎていく。
早くしないと幼稚園のお迎えの時間になってしまう。
夫が帰る前に、買い物にも行って来なくては…。
太陽が頭上から容赦なく照らし、額と首筋から汗が吹き出し、流れ落ちる。
「暑い…。」
園芸用手袋と長靴の中は、汗でぐっしょりになっている。
あまりの暑さに、頭がクラクラしてきた。
生い茂る雑草地帯の真ん中で、私の焦りはピークに達した。
「まったく、何だってこんな雑草なんか生えてくるのよ!」
私は立ち上がり、右手に三日月形に光るカマを握り締めた。
そして左手で、雑草の首根っこを引っ掴み、右手のカマを振り下ろした。
グサッとカマの鋭い刃が根っこを土ごとえぐり取った。
一瞬耳元で、微かな悲鳴が聞こえたような気がした。
私は中腰の姿勢で、辺り一面カマを振りかざし、土を飛び散らせながら進んだ。
ただ小さな雑草を引き抜くだけの事なのに、私の通った後はジャガイモでも
掘り返したような惨状で、草も土も無残に飛び散っていた。
そうして何とか、一目で雑草と分かる草はすべて抹殺した。
後は、あちこちに生えている、あのピンク色の花を付けた雑草だけが残っていた。
私がカマを再び握り、振り返ると、彼女らは怯みながらも明らかに敵意を表した。
「私達が何をしたっていうの? 仲間をあんな無残に殺すなんて酷いわ!」
「雑草のくせに生意気言うんじゃないわよ!」
私は彼女の首をグイッと引っ掴みカマを振り上げた。
「ぎゃーっ!」
悲鳴が上がる中、私は構わずカマを振り下ろす。
まるで殺人鬼を見るような目つきで、彼女達は必死にやめてと訴える。
一心不乱にカマを振り下ろし、気が付くと辺り一面に彼女達の死体が
散らばっていた。
私は死体を全てポリ袋に放り込み、固く口を結んで庭の隅にドサッと置いた。
その夜、帰宅した夫が
「庭のポリ袋見たよ。暑い中、草むしりしてくれたんだね、ありがとう。」
と言った。
私はその言葉に安堵し、思わず夫に抱きついた。
「でもまた生えてくるわよ、嫌になっちゃうわホントに…。」
「まぁ、雑草に罪はないんだけどね。」
「でも、あなたが作ってくれた花壇を、雑草に占領されたくないわ。」
「そうだ、今度は僕も一緒に草取りするよ。」
「えっ⁉ 私一人で大丈夫よ、庭仕事は任せて頂戴。」
私は即座に断った。
夫にあんな姿、絶対に見られたくない…。
「わかった、じゃあ君に任せるよ。」
夫はそう言って私の髪を撫でた。
私はその夜、何とも言えない罪悪感で、一人眠れない夜を過ごした。
それから何週間か経って、ふと花壇を見ると、また雑草達が息を吹き返し、
のんきに日光浴をしていた。
私は少しの間考えて、キッチンに行き、得意のマカロニグラタンとシーフード
サラダを作り、出掛ける支度をした。
向かった先は、二軒隣に住む50代の女性の家だ。
「まあ、美味しそう!早速今夜、主人と頂くわ。」
上品なこの女性を近所の人達は『香苗さん』と呼んでいる。
「それで…、厚かましいお願いなんですが、聞いて貰えますか?」
香苗さんは私の話をニコニコと聞いていたかと思うと、タオルをかぶり、
「さぁ、お昼までに終わるように、早速始めましょう。」と立ち上がった。
私は香苗さんに、家の花壇に来て貰い、手入れの仕方を教えて貰うことにした。
早速、彼女と一緒に雑草を抜いた。
「草に触るときは優しい気持ちでね、」と彼女は言った。
「抜いちゃうけど、ごめんなさいねって気持ちで、サッと抜いてあげるのよ。」
「また会ったわね、とか、声を掛けながらやさしく抜いてあげるの。」
ピンクの花を付けた雑草が、一斉に私をにらんだ。
香苗さんは彼女達をハサミで丁寧に切って、水を入れた小瓶に挿した。
ちょっとした空間になら映えるでしょ?
何本かまとめて吊るしておけば、ドライフラワーみたいに飾ることもできるしね。
香苗さんはそう言って花付き雑草の活用法を教えてくれた。
「そうすれば、少しは罪悪感も減るでしょ?フフッ.」
そうしながらチャッチャと雑草は抜き取られ、ポリ袋に一杯になった。
香苗さんに抜かれた雑草は、誰も怒っていなかった。
最後に「雑草を抜くなら、雨の日の翌日が抜けやすくていいわよ」と
教えてくれた。
それから約1ヵ月後、私は彼女達と完全に仲直りができた。
私が優しく話しかけて引っ張ると、スルッと抜けてくれるようになった。
「今日は抜いちゃうけどごめんね、でもまた会おうね…。」
私は彼女達を入れたポリ袋の口をそっと結んだ。