雑草…(前編)

短編
短編

あぁ、また生えてきた… 

太陽の日差しを浴び、キラキラと咲き誇る朝顔やひまわり、紫陽花たちの足元で
平然と生息している雑草を、私は憎々しげに眺めた。

家を建てて今年で2年目に入った。

決して広いとは言えない庭だけど、子供が水遊びをしたり、家族でバーベキュー
をする位のスペースは十分にあった。

そして、残りのスペースに夫が花壇を作った。

夫は早朝からせっせと庭に出て、土を耕し肥料を与え、いくつか花の種を植えた。

「春になれば我が家の庭も、少しは華やかになってると思うよ。」

夫は楽しそうに言った。

そして春が過ぎ、華やかになった庭に夏が来た…。

短い髪をきちんとセットしてネクタイを締め、黒縁の眼鏡をかけた
夫は、ごく普通のサラリーマンだ。

毎朝決まった時間に家を出て、だいたい決まった時間に帰って来る。

「行ってくるよ。」

「あ、待って、お弁当。」

私は玄関に向かった夫を追いかけて、弁当を渡す。

「ありがとう。」

夫はそう言って私の頬にキスをした。

「もぉ、いいわよ、そうゆうの…。」

私は嬉しいのと照れくさいのを隠すためにそっけなく言った。

そんな私を見て、夫はクスッと笑い、玄関を出て行った。


新婚の頃は、『いってらっしゃいのキス』を当たり前の様にしていたが、
そのうち子供が生まれ、朝が慌ただしくなるとゆっくり話も出来なくなった。

それでも夫は、私の頬や髪など、必ずどこかに優しく触れて出ていった。
そして時々、今朝の様に、突然キスをして私をからかうのだ。

息子を近所の幼稚園まで送り届けた帰り道、ふと、二軒隣の家の庭を見た。

色とりどりの花が咲き乱れ、他にもグリーンだけの植物が、伸び伸びと
葉を広げ、庭先を飾っていた。

庭の端には、雑草が入ったポリ袋が置いてあった。
この家の奥さんは50代の女性で、いつもせっせと庭いじりをしている。

頭にタオルをかけ、園芸用の軍手をはめたその手は、
実に見事な速さで雑草を抜いていく。

リズミカルに作業をしている彼女の姿を、一旦脳裏に焼き付けて、
よし、今度こそ…、と、私は庭仕事に挑んだ。

帽子と園芸用手袋を身に付け、ポリ袋を準備し、園芸用長靴まで履いた。
「さてと…。」
私は覚悟を決め、ヒマワリや紫陽花をかき分けて、雑草地帯に入った。

ところがそこで困った事態に頭を悩ませることとなった。
ボウボウに伸びた草の中には、いくつか花を咲かせている草があるではないか。

しかもピンク色の可憐な花を咲かせている。

こんな花、夫が植えたのだろうか…。
きちんと場所を決めて種を植える夫にしては珍しい。

そのピンクの花を咲かせた草は、あちらこちらからから楽し気に私を見ている。

違う…、これは雑草だわ。

私はおもむろにその根元をつまんだ。
しっかりと根が張っている。
少し上に引っ張ってみた。
すると、途中でブチッと切れた。


「あっ…、なによ、もおー」

私は足元に広がる雑草を見渡し、はぁ~っと深いため息をついた。


これまで集合住宅だったので、庭の手入れなどしたことはない。

若い頃は、母親がせっせと庭の手入れをしていた。


「はぁ、嫌だなぁ。」

何を隠そう、私は草むしりが大嫌いなのだ。
虫が嫌いだからとか、面倒だからとか、そんな理由だけではない。


私は、なにより草むしりが異常なほど下手なのだ…。