時空の旅に出る①

長編
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「今日は何月何日だ?」

父が朝起きて、必ず最初に発する言葉だ。

「2月10日よ。」

目の前にあるカレンダーを指さして私は答える。

「あぁ、寒いわけだな。」

布団から起き上がった父は、私が差し出す衣服をゆっくりと
丁寧に身に着けていく。

シャツの袖口のボタンも、自分で器用に留める。

セーターを渡すとシャツが引き込まれないように、袖口を掴みながら
注意深く腕を通す。

若い頃からこうやって服を着ていたのだろう。

身支度を整えて居間に入ってきた父は再び聞く。

「今日は何月何日だ?」

口調もさっきと同じだ。

「2月よ。」

少し面倒になった私は、日にちを省略して言った。

「そうか、もう2月かぁ。」

そう言って父はこたつの上に置いてある新聞に目を移す。

「2月10日かぁ、寒いわけだな。」

父が認知症と診断されて3年経った。

そして、昨年母が亡くなり、父の記憶力はさらに低下した。