目の前の席で、夏美が美味しそうに昼定食を食べている。
黙っていても彼女の身体から、幸せオーラが溢れ出ている。
なぜなら、夏美は今、総務部の原田と付き合っているからだ。
「美香、そのリップ、この前買ったシャネルの新色でしょ?
凄くいいね!似合ってるよ。」
「ありがとう…夏美に褒められると嬉しいわ。」
「私も買っちゃおうかな~、今度の日曜、彼とデートなの。」
夏美が声を潜めて言った。
「ふふ、楽しみね。どこに行くのか聞いてもいい…?」
「軽井沢! 私まだ行った事なくて…、この前、美香が幾つか画像を見せて
くれたでしょう? いつか彼氏と絶対行きたいなって思ってたの…。
当日は早朝からドライブデートよ、うふっ。」
「GW前のこの時期がちょうどいいかもね、あぁ、なんだか羨ましいわ~。」
「羨ましいって、こっちのセリフだよ。美香なんて最近は旦那さん、
夕飯も作ってくれるんでしょ〜? もう最高じゃん!」
「私がお稽古で、帰りが遅い日だけお願いしてるの。なんだか申し訳ない気が
してるんだけどね。」
「そお?旦那さんがそう言ってるんだから、甘えちゃえばいいじゃん。」
「甘える…?、私、そういうの苦手で…、可愛げがないのよね。」
夏美が少し驚いた顔で私を見つめた。
「美香が自分の事をそんな風に話してくれたの、初めてだね。」
「え…そ、そうかなぁ。 」
「美香ってさ、自覚してないと思うけど、澄まして黙っていると、
ホント、何考えてるか分かんないトコあるからね…。」
「え、そうなの?」
「ほらね、やっぱ自覚してなかったわ~、そうゆうところよ。」
「そうゆうところって、どうゆうところよ、もぉ。」
「あっ、怒った、ごめんなさ~い。」
夏美はニコニコしながら、ペコリと頭を下げた。
「それ、絶対に悪いと思ってないでしょ~。」
こんな風に夏美とワチャワチャやっている時間が、最近は妙に新鮮で
楽しいと感じるのだ。
「ねえ、話が変わるんだけど…、あの、昼時にする話じゃないんだけど
いいかしら…?」
「なによ、なんだかドキドキするわ。 何でもいいから話してよ、
すっごいエロイ話でも私は全然平気だから。」
夏美のワクワクしている様子が、大きな瞳から伝わってくる。
「そんな話じゃないわよ、ただね…生理周期ってあるでしょ?」
「あるよ。それが、どうしたの?」
「それで、安全日と危険日の事だけど、例えば…、
避妊しなくても安全日だったら妊娠はしないわよね?」
「……。」
「ごめん、やっぱり昼時にする話じゃなかったわよね、忘れて」
「あのさ、美香…。」
そう言って、夏美は黙ってしまった。
私は夏美が固まっている姿を見て、またやってしまったと後悔した。
これまで由美子以外の女子とは、まともに会話が出来ず、
相手から引かれた経験が、いつしか心の中でトラウマになっていたのだ。
「あ、ごめん美香、話が想定外でぶっ飛んでたから、一瞬、息するの忘れたわ。
でももう大丈夫…っつーか、安全日とか危険日ってなに?」
「え…?」
「あのさ、今どき小学生でも知ってるよ、避妊をしなかったら安全も
何もないって…、確かに妊娠しやすい時期としにくい時期があるけど、
妊娠する可能性はゼロにはならないよ。」
「あ、あら、そぉ。」
私は恥ずかしくなって、そっけなく答えた。
そういえば、保健の授業でそんな話があったような気もするが、その時間
私の頭の中は、漫画の主人公がイケメン男子と淫らな行為をしている妄想に
占領されて、授業どころではなかったのだ。
「そろそろ子供、考えてるの?」
「えぇ、むこうがね。」
「なるほどね、それで旦那とギクシャクしてるとか?」
「そうじゃないけど…、彼も転職して、色々と生活も変わったばかりだし、
そんな時期に赤ちゃんを産んで育てるとか、私、まだ自信ないのよ…。」
私はこんな風に自分の胸の内を、夏美の前で素直に話している事に驚いた。
「私ね、以前はあまり子供に興味がなかったっていうか、苦手だったの。
でも最近、友達の子供と関わる様になって、いつか私も子供欲しいなって
思えるようになってきたの…。自分でもびっくりしたわ。」
「それなのに、今は自信がないの? 美香は家事も完璧だし、
良妻賢母になれそうだけどなぁ~。」
「完璧なんかじゃないわよ、全然。でも、なぜかしら、今は気が
乗らないっていうか…よく自分でも分からないの。」
「う〜ん、それなら、やっぱり旦那さんと話した方がいいよ。
美香の素直な気持ちを話すのよ。」
「そうよね、今日話してみるわ。」
「うん、旦那さんもきっと分かってくれるわよ。」
「でも…ほら、よくあるでしょ?突然そういうことになる時って…。」
「え…?なにそれ、キッチンとかリビングでってこと?
きゃ〜。美香の旦那さん、やっぱ攻める派なんだ、最高!」
「ちょっとやめて、深刻な話なのよ。」
「いやいや、ただの惚気にしか聞こえないけどね…。」
「そんな時に、いちいち避妊してって言うのもって感じなのよね。」
「そこはさ~、旦那さんも頑張って気を付けると思いますよ、ふふ。」
「うーん…、ねぇ、女が避妊する方法ってないの?」
「え、あ~、あるけど、美香…マジで聞いてる?」
「当たり前でしょ、もしあるなら教えて頂戴。」
「う、う~ん…、でもどっちにしても旦那さんには話さないとね…。」
「もちろんよ、今日、話してみるわ。」
私は、渋っている夏美にお願いして、やっと教えて貰った。