クリスマス・イヴの夜は、久しぶりに実家でゆっくり過ごした。
昼間から母と一緒に作り始めた前菜やローストチキン、
姪っ子の好きなカナッペなどが、次々にテーブルに並んだ。
私がビーフシチューの味見を母にお願いすると、
「まぁ、美味しい!腕を上げたわね、美香。」
と言って、とても喜んでくれた。
義姉の恵美子さんも途中から参加して、生ハムとアボカドの
マリネを作った。
兄が買ってきたケーキが真ん中に置かれると、姪っ子が大喜びではしゃいだ。
大人たちはシャンパンで乾杯した。
父も母も、久しぶりに子供や孫に囲まれて、上機嫌だった。
その頃の父は校長を退職後、暫く図書館の館長をしていたが
それも1年前に辞め、完全に隠居生活を送っていた。
母は自宅の洋裁教室を、先月閉めたばかりだった。
「これからは夫婦だけでのんびり旅行にでも行かせてもらうよ。」
父が少し酔ったのか、母の肩に手を掛けてそう言った。
「美香もようやく落ち着いてくれたし、もう安心ね。」
母が悪戯っぽく言った。
「武史君は海外出張が多いから、美香は寂しいんじゃないか?」
兄が冷やかすように言った。
「お仕事なんだから仕方ないわ、それに、旦那さんが留守の間、
しっかり家を守るのが妻の役目だもの、心配無用よ。」
私は、母に以前言われた言葉を、忠実に守っている事をアピール
するかのように、家族の前でそう言い放った。
「凄い、美香ちゃん、新婚さんなのに偉いわね。」
恵美子さんが感心したように呟いた。
「美香は昔から、意外にクールなところがあるのよ。」
不意に母が言った。
「クールってなによ、『冷たい女』みたいで嫌だわ。」
「いい意味でだよ、美香。」
父がなだめるように言った。
「ふ~ん、そうかしら…。」
「でもさ、母さんはきっと無理だったよな、昔から父さんに
ベッタリだったから。」
「そうなんですか? お義母様、可愛いですね、フフッ。」
そう言いながら、恵美子さんは赤ん坊にミルクをあげる為に
奥の部屋に入って行った。
「美香は覚えていないだろうけど、結構母さんはワガママを言って
父さんを困らせてたんだぜ。」
「純一ったら失礼ね、何言いだすのよ。」
「小学生だったけど僕は覚えてるよ、あいにく記憶力は良いんでね。」
「嫌な子ね、もぉ〜。」
シャンパンの酔いが回ってきたのか、皆いつになく饒舌になっている…。
母は頬を赤くして父に寄り掛かっていた。
私だって、いつも父と母が一緒にいる姿は覚えている。
でも、4歳年の離れた兄ほど詳しい事は覚えていない。
それにしても、母がワガママを言って父を困らせていたとは
どういう事だろう…。
私にとって母は、いつも凛とした良い妻というイメージしかない。
「美香、また何か難しく考えているんじゃないか?」
アレコレ考えていた私に、兄が問いかけた。
「別に何も考えてないわよ。」
兄はけらけら笑っている。
面白くない…。
私は母に言われた通り、武史の良い妻になるように努めている。
月の半分は海外出張で離れているが、それについて一度でも
寂しいなどと言って、彼を困らせたりしたことはない。
彼が不在でも、日高家の嫁としての勤めも果たしているつもりだ。
それなのに、母は私を褒めるどころか、クールだからと言った…。
母の意味不明な言葉に、私は何故か無性に腹が立った。
私はただ、母に認めて欲しいだけなのに…。
もう、昔の厚底眼鏡でゴロゴロしている女の子ではないのだから。
見ると、母も兄も上機嫌に酔っぱらっていた。
みんな楽しそうに、昔の思い出話に花を咲かせている。
私はもう考える事を辞め、母との時間を楽しむ為に無理にでも
持ちを切り替えることにした。