時空の旅に出る㉕

長編
長編

私は社員食堂で一人、昨日の由美子の事を思い出していた。

ベトナムの土産に目を輝かせ、無邪気に笑う由美子を見て
いったい誰が鬱病だと思うだろうか。

嘘であって欲しかったが、実際に薬を見てしまった以上、
認めざるを得なかった。


由美子の旦那は、自分のせいだと言っていた。

もちろん、それもあるだろう。

そもそも由美子がそんな状態の時に、どうして他の女性に
時間を使っていられるのだと怒りさえ覚えた。

ただ、私は由美子達夫婦を見ていて、どうしてもそこに原因が
あるとは思えなかった。

私は一人、定食をつまみながら思い巡らせていた。



「日高さん、難しい顔してどうしたの?」

見ると、心配そうな顔をした吉川夏美が立っていた…。


私は、大学を卒業後、都内の食品メーカーに入社した。
半年前までは、本社の企画開発部でデザインを担当していたが、
武史との結婚を機に、パートで働きたいと上司に相談した。

そして、運よく地元の船橋支社が通販事業部のパートを募集しており、
今回はすんなり移動できたという訳だ。

そして、彼女、吉川夏美とは同期入社で、3か月間の新人研修はずっと隣の席だった。

船橋支社に配属となった彼女とは、時々社内メールを交わす程度の関係だった。


「本社からこっちに来て、そろそろ半年だよね?」

そう言って、彼女は正面の席にトレーを置いて座った。

「えぇ、正確には5か月ね、有給使って暫く休んでたから…。」

「ふふ、『今度の旦那様』は、エリート商社マンって聞いたけど、
新婚生活はどんな感じなの…?」

「お陰様で、『今度の旦那様』とは幸せにやってるわ。」

入社して2年程で最初の結婚をし、すぐ離婚して苗字が戻ったので、
社内の人間は皆、私が2度目の結婚だと知っているのだ。

当時は周りに好奇の目で見られたり、陰口を叩かれた時期もあったが、
そんな時、彼女がメールで「どんまい」とか、「がんばれ、次がある」など、
いつも彼女らしい励ましの言葉を送ってくれていた。

ただ私は、人懐っこくて、明るい性格の彼女が少し苦手だ。


「ねえ、今度仕事終わりにどっか行かない?」

大きな瞳をキラキラさせて、彼女は唐突に言った。

「え? あ、でも私、パートタイマーだから早いわよ。」

「あ、そっか、残念…、じゃあ、お昼は一緒に食べようね。」

そう言ってニコッと笑った。

こんな風にさりげなく、人の懐に入るのが上手な彼女を、
私は前から羨ましく思っていた。

私は子供の頃から、限られた人間にしか自分を出せない性分だからだ。

「でもね、私、日高さんが今回、こっちに来るって知った時、
正直凄く嬉しかったの。」

「え、どうして…?」

「どうしてって、私達同期でしょ?…それに、日高さんて正直だから
信用できるの。」

「そうなの…?」

「うん、そうだよ、私、新人研修の時から思ってたもん。」

「……。」

私は急に照れくさくなった。

可愛くて人気者の彼女から、こんなことを言われて嬉しくない訳がなかった。


「あ、ありがとうございます…。」

「やだもぉー、かしこまらないでよ~。」

吉川夏美の明るい笑い声が響き渡った。

私の腕をばんばん叩きながら、「ほら、仕事だ、行くよ!」と言って、
弾むような足取りで行ってしまった。


私はちょっと嬉しい気分を噛みしめながら、彼女の後を追いかけた。