時空の旅に出る⑨

長編
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軽井沢での挙式から1週間が経った。
そして今朝、武史はシンガポールへ出張の為に出掛けた。

「ごめん、やっぱり新婚旅行には行けそうにないや…。」

昨夜、ベッドに入ると武史が申し訳なさそうに言った。

私は新婚旅行など行けなくても、一向に構わなかった。
時々、映画や食事に連れ出してくれたり、休日に美術館や
クラシックコンサートに連れて行ってくれるだけで、十分満足だった。


「私は新婚旅行なんて行かなくても平気よ。」

「ありがとう…、美香と結婚して俺、ほんとに良かった。」

そう言って私を抱き寄せた。


海外出張に行く前の晩、彼はいつだって、じっくりと時間をかけて私を抱いた。

帰って来るまで俺の事を忘れさせない為だよ、と彼は言う。

「美香は俺だけのものだから…」

武史の優しい声と息遣いが絡み合って私の中に溶けていく。

そして私は、そんな武史が女を抱く姿を…その美しい顔が少し歪む瞬間や、

甘美に浸るその姿を余すことなく堪能し、快楽の沼に身を委ねた…。

                   

……………………       


シャワーを浴びて念入りに化粧をし、淡いピンク色のワンピースに着替えた。
そして11時に予約した美容室にいく為、渋谷に向かった。

店に着くと、受付の女の子がすぐにトオル君を呼んでくれた。


「いらっしゃい、美香ちゃん。」

「この間はありがとう、忙しい中大変だったでしょう?」

彼は結婚式の日、私のヘアメイクをする為だけに来てくれたのだ。

「お仕事だもん、なんてことないよ。」

彼はそう言ってニコッと笑った。


落ち着いた雰囲気の店内を彼の後に続いて歩いた。

「髪、本当に切っちゃっていいんだね?」

椅子に座ると鏡越しに彼が聞いた。

「ええ、バッサリとね、新妻風にしてよ。」

「ふ~ん、新妻ね…。」

からかうように笑った彼は、私の長い髪を丁寧に梳かす。

「でもさ、美香ちゃんが言うといやらしいね…。」

耳元で彼が悪戯っぽく言った。