面影⑥

中編
中編

病院のベッドで目が覚めた。

横を見ると母親と弟がいた。

「兄ちゃん、大丈夫?」

その声に飛び上がるように立ち上がった母が、

「恭一、あんたって子は!」

と泣き顔で怒り出した。

俺は顔中包帯でぐるぐる巻きにされて、出てるのは
片目、鼻、口だけという状態だった。

俺の砕かれたあごの骨は、救急医療チームによって
奇跡的に元の位置で繋がった。


「俺、生きてたんだ、もうあの世かと思った…。」

「バカタレ、お前みたいな道楽者が、そう易々と死ねるわけないだろ。」

母親が俺の足元を布団の上からひっぱたいた。

「いてっ。」

俺はケガ人なんだぞと言うと、母が目の前に1枚の名刺を突き出した。

「なに、誰これ?」

「救急車を呼んでくれて、病院の手続きしてくれた人だよ。」

弟が言った。

「色々世話になったから、後でお礼をさせて欲しいって、
僕が無理言って名刺を貰っといたんだ。」

「この機会に心を入れ替えて、真っ当に生きることだね。」

母はそう言い残して病室を出て行った。

「母ちゃん、殆ど寝てないから…、でも少し安心したみたいだね。」

「お前も帰れよ、大学あるんだろ? 驚かせて悪かったな、
俺は大丈夫だから。」

着替えここに置いとくね、と言って弟は帰って行った。



それから暫くして俺は退院した。

あごの傷もそれほど酷くなく、顔を上げなければ見えなかった。


俺は雅也には何も言わず、ホストを辞めた。

それから何度も来るLINEが鬱陶しかったので、
「飽きたから辞めた。」とだけ返して、後はスルーした。


名刺の相手に連絡すると、2時頃なら空いてるので、事務所の方に
来て下さいと言われた。

名刺の肩書から、男性が外資系生命保険会社の代理店を経営している事が
分かった。


その事務所は、細長い5階建てのビルの1階にあった。

事務所の受付で、男性の名前を言うと、2階の社長室に案内された。

俺はほぼ初対面の男性に、救急車を呼んでくれた事やその後の手続きを
して貰ったお礼を言って、実家から持たされた品物を渡した。


男性は爽やかな笑顔で、目の前のソファーに座るよう促した。

部屋からは、ガラス越しに隣の部屋が見渡せるようになっていた。

そう多くはない机と椅子が並んでいたが、従業員は誰もいなかった。

「この時間帯は、皆、営業に出ているので、この通り静かなものです。」

血だらけの顔しか知らなかった彼は、俺の顔をまじまじと見つめた。


「ところで…、松島さんでしたよね…?」

歳は40代後半位だろうか…清潔感のある落ち着いた雰囲気の男性だった。

「はい、そうです。」

「ホストをされていたなら、営業も出来ますよね?」

「は、はぁ?」

「自分を売るのも、保険を売るのも同じですから、一度やってみませんか?」

「あ…、は、はい!」

俺は就活で落とされた経験しかないし、今は夜の世界にも戻れない
状況だったので、まさに願ったり叶ったりだった。

「因みに、何かスポーツの経験はありますか?」

「小、中学校とずっとサッカーやってました。」

「そうですか、決まりですね、来週から来れますか…?」

そんな社長の一声で、俺は保険会社に勤めることとなった。