面影④

中編
中編

店に入るとタカシが入口に立って待っていた。

「オッス、恭一、皆来てるから、、、」そう言いながら、
リナを見たタカシの動きが一瞬止まって俺を見た。

初めましてと挨拶をする彼女を前に、真っ赤な顔で「あぁ、えっと…、」
モゴモゴ言っているタカシの目の前に、俺はわざと顔を
近づけ
「なんだよ、早く案内しろよ。」と小声で言った。

「う、うん、あっちだよ。」

カウンター席の近くにいくつかテーブル席があり、その奥が広い
お座敷になっていて、大勢の酔っ払い客がワイワイやっていた。

長方形のテーブルを囲んで彼らは待っていた。

俺とリナが席に着くと、その場は異様な空気になった。

そんなことは想定内だった。

向かい側に座った康太がじっと俺を見ているのが分かった。

「恭一、彼女さん紹介してくれよ。」

リナの斜め横に座っていた雅也が口火を切った。

「彼女、リナさん。」

それだけ言った俺の横で、リナが丁寧に挨拶をした。

「あの、今日はお誘い頂き有難う御座います。杉下リナと言います、
  よろしくお願いします。」

「ヒュ~。」

慎吾が安っぽい冷やかしの声を上げた。

「可愛い名前だね…。」

雅也は頬杖を付き、リナの顔を覗き込むようにして微笑んだ。

俺はさりげなくリナの肩を自分の方に寄せた。

「リナちゃんは何歳なの?」

康太の隣でニヤニヤしていた慎吾が聞いた。

 (こいつ、リナを気安く呼びやがって…。)

俺は彼女の肩に手を回したまま、慎吾を睨みつけた。

「25だよ。」

俺はぶっきらぼうに答えた。

「リナちゃんに聞いたんだけどな~、ま、いっか。」

慎吾がからかう様に俺を見た。

「とにかく飲み物もきたし、乾杯しようぜ!」

タカシが慌てて乾杯の音頭をとった。

酒を飲んで、彼らの近況を聞きながら、なんとかこの場を
やり過ごそう…。

 

大学を卒業して5年が経った。

慎吾とタカシはそれぞれ飲食店などでバイト、康太はずっと働かず
フラフラしていたが、意外にも産婦人科医の父親のコネで、病院の
事務職に就いているという。

雅也は今も歌舞伎町でホストをしていた。

言うまでもないが、卒業後の俺達に待っていた現実は厳しかった。

「リナ、そろそろ行こうか。」

そう言って二人で立ち上がろうとした時、後ろの酔っ払いがよろけて
リナにぶつかった。

その拍子にテーブルが大きく傾き、リナのジーンズに醤油が飛び散った。

俺はとっさにリナの身体を支え、化粧室で拭いておいでと促した。

「でも、お皿が…。」

見ると皿がひっくり返り醤油がテーブルの下まで垂れている。

「いいよ、ここは僕がやっておくから、染みにならないうちに早く
拭いておいで。」

「ぼ、僕… って言ったぞ⁈」

慎吾が驚いた声を出した。

リナがチラリと俺を見たが、すぐに背中を向けて化粧室に走って行った。

俺はリナの後姿を確認した後、慎吾の胸ぐらを思い切り掴んだ。

「イチイチうるせぇんだよ、殺すぞ!」

「きゃあ~怖いッ。」

慎吾がふざけた声で茶化した。

俺は馬鹿らしくなって、慎吾の胸ぐらを突き放した。

「まぁ、落ち着けよ、恭一。」

二人の間にいた雅也が俺の肩に手を掛けてなだめた。

俺は雅也の顔を見ずにその手を振り払った。

「なんだよ、恭一…、俺達仲間だろ?」

「どの口が言ってんだよ。」

俺は吐き捨てるように言った。

リナが戻る前に出ようと、彼女の荷物を持ち、

1万円札を数枚置いて席を立った。